• 酸辣湯
    Suan La Tang

 サンラータン、と呼ぶのが正しいらしい。酸っぱいの〝ス〟の読みのせいかスーラーと憶えてしまい、どうしてもそう言ってしまう。ラーの刺すような辛さに酸味をのせた四川のスープで、口にする機会が数年に一度あるかないかのようなフカヒレや燕の巣といったスープとちがい、家庭でごく手軽につくれるところがいい。
 このところの四川料理への注目の高まりはどうしたことだろう。辣=辛い、テン=甘い、サン=酸っぱい、など中華の味つけには基本の〝五味〟があって、さらに四川料理はこれらにマー=痺れとシャン=香りをくわえた、7つの味覚の組みあわせといわれる。四川を代表する味の表現、麻辣マーラーはとくに知られ、あのビリビリとした刺激は苦痛ですらあるはずなのに、しばらくするとまた無性に恋しくなる。舌が恋しがるのか、それとも脳中枢の本能が欲する恋しさか。

 麻辣にくらべて地味な酸辣だが、麺をくわえた酸辣湯麺も町の中華屋やラーメン店でよく見かけるようになった。酸辣湯のスープは四川料理店へ行くと、キクラゲや春雨をいれたり、髪菜ファツァイという陸に生える黒い藻の一種を珍味としてくわえるところもあるようだ。
 家庭でなら凝った食材はかえって無用、安い豚肉を細切りにし下味は塩こしょうと紹興酒、ごま油、片栗粉もいれてもみ込む。ほか具材は筍、豆腐など好みだが、水でもどした干し椎茸と長ねぎは欠かせない。市販の中華スープの素に干し椎茸のもどし汁で旨みをくわえ、長ねぎ以外の具材を入れて煮立たせたら塩、多めの黒こしょう、香りづけの醤油。塩加減が決まったら水溶き片栗粉でとろみをつけて長ねぎを入れ、酢をたっぷりと回しかける。酢は純米酢でも黒酢でも、半々にしても味の変化があっておもしろい。辣油で辛さを足したり、溶き卵で仕上げるのもありだが、基本は黒こしょうの辛さと酢の酸味の調和を愉しむスープだと思う。単純だからこそ深い。