• 茶がゆ定食の朝
    Green tea porridge breakfast at Nara Hotel's

 数年ばかり前から、年に1度は奈良を訪れるのが習慣のようになっている。平成大修理を2009年に終えた唐招提寺金堂を観るのが奈良に行きはじめた最初の理由だったが、明治42(1909)年創業の関西の迎賓館、奈良ホテルに泊まることも、年に1、2度だからこそ贅沢できる愉しみな目的のひとつだ。
 《大和の朝は茶がゆで明ける》と客室の案内にある茶で炊いた粥、茶がゆはおもに西日本で広く食され、奈良でも古くから〝日常茶飯〟の主食とされてきたという。番茶または焙じ茶で炊くことが多いそうだが、奈良ホテルのメインダイニング「三笠」で供される朝の茶がゆ定食のそれは、煎茶で炊きあげられている。

 茶がゆに胡麻豆腐、鰆のつけ焼き、だし巻玉子。海老と野菜の焚合せに、切干し大根の小鉢、香の物。味噌汁はじゅんさいの赤だしに、吸い口は巾着に結んだ薄焼き玉子。手が込んでいると感心するのは、翌朝になると定食の茶がゆと胡麻豆腐以外はすべて替わり、焼魚は塩鮭、玉子焼きも椎茸や人参などの野菜を入れた変わり種。味噌汁は、なめこと麩の赤だし。そしてテーブルにはいつも汐ふき昆布と小梅干しが蓋物で添えられるのだが、この汐ふき昆布を先に何枚か茶がゆに浸しておくと、しばらくして昆布は柔らかく、粥にもちょうどいい塩加減がはいるようになる。このことを発見してからは、旅の開放感からつい呑みすぎた翌日の目覚めの胃にすっとしみこむ口幅の粥を、さらに美味に食せるコツを得た気分になった。旧館1階のホテルショップで汐ふき昆布、小梅干しともに買い求めることができる。

 窓辺のテラス席からは周囲の濃い緑が朝の空気に映え、テーブル席ならばダイニングの格天井や照明の凝ったしつらいを鑑賞するのもいい。そんな優雅な朝食ではじまる茶がゆ定食の朝なのだが、ある年、日ごろのおこないが都の怒りにふれたのか、選りによって旅先で放ったらかしにしておいた虫歯が急に腫れだしたことがあった。朝にはすこし膨らむ程度だった右頬は、午後になるとだんだんに腫れ、仏頂面よろしく右だけがふっくらと天平の仏さまのような顔になってしまった。
 旅のあいだ、ずっとその顔ですごす羽目になって東京に帰り、広辞苑で「仏頂面」と引くと次のように出ていた。無愛想なツラはもともとあたっているが、虫歯で出来たふくれづらと奈良の天平の仏さまとは、あまり関係がなさそうだった。

ぶっ-ちょう・づら【仏頂面】 (仏頂尊の恐ろしい相にたとえた語という)無愛想な顔。ふくれづら。